博報堂を辞めて自分で新たに事業を始めようという時に、僕はまず、より多くの人から注目されている企業と、そうでない企業を比べることから始めました。
儲かっている会社ならいっぱいあります。例えば、楽天の方がZOZOTOWNよりも売上高は大きいです。ところが昨今は、(ZOZOTOWN運営の)スタートトゥデイの方により注目が集まっていますね。
世界最大級の自動車メーカーの米ゼネラル・モーターズ(GM)と、米電気自動車(EV)メーカーのテスラも同じ構図です。テスラは2017年の時価総額でGMを抜きました。
そして、スタートトゥデイやテスラのように多くの人々から注目を集めて、企業価値を高めている会社に共通しているのは、短期的なマーケティングに貢献するだけではない、意欲的なトライアルをたくさんしていることだと気がついたのです。 今でこそAbemaTVで知られるサイバーエージェントですが、数年前にはインターネットテレビを始めるなどと、誰も想像しなかった。
社会のルールはどんどん変化している。 働き方改革やベーシックインカム、TOKYO五輪などで、来年、再来年、社会のルールがこれからどう変わるか予測することは難しい。
そうであれば、どんな変化が起こるにしても、とにかくチャレンジし続ける企業に「期待」が集まって、それが企業価値として反映されていくのは至極当然のことなんです。
ビジネスをスポーツに例えるならば今日まではフットボールをしていたけど、明日はボクシングを戦わないといけないような時代。過去の努力や実績がほとんど意味をなさなくなっているんだなと。
スタートトゥデイが上場した2012年3月期の売上高は318億円で、今は984億円と3倍です。これももちろん、十分すごいのですが、時価総額を見てみると、上場したときは199億円だったんですね。これが2017年で1兆円。実に50倍くらいになっているんです。
それではこの5年超でスタートトゥデイに何が起きたかと言うと、Zozocolle(ゾゾコレ)というファッションショーや送料の自由化、ZOZOSUITのような、基本的には赤字になりかねない企業アクションが目立ちます。
けれども、それは未来のユーザーの便益ために、何か失敗してでも最初にトライしてみようというアクションだと思うのです。そうして社会の期待を集めることで、今の時価総額になったのでしょう。
従来の権威や実績に対する価値の変動が起きているということを、みんなが本能的に知っているから、過去の実績以上に、未来への挑戦に期待が集まる時代になっているのだと思います。
企業は過去の実績を誇るよりも、未来に何をするのかを語る方がいい時代なのです。
売る機会を減らす広告
2016年国際クリエイティビティ・フェスティバルカンヌ広告祭で話題になった、REIという米アウトドア用品小売りブランドの事例が非常に面白いです。
ここの社長は、1年で一番商品が売れるBLACK FRIDAY(大型セールの開始日)に全店舗を閉めて、会社自体を休日に。社員もお客様も全員野外に遊びに行こう、というメッセージを発信しました。
それは一見、放っておいても売れる機会を減らして損しているのですが、それによってユーザーのリスペクトが集まった結果、年間の来店数は増えたのです。
企業のアクションそのものが最大の広告になっている、好事例です。僕らもパートナー(クライアント)と一緒にこういう仕事をしたいなと思っています。
企業として、社会に対する姿勢を示すことが結果的に「期待」を集めることに繋がって「この会社は何をしてくれるのだろう、きっとこの会社は信頼のおける会社だ」というリスペクトにつながっているのです。
僕らはこれを「ブランドアクション」と呼んでいて、企業が示す未来の方向性を、活動で示していくという意味で用います。
例えばチョコレートメーカーのゴディバが、バレンタインデーに義理チョコをあげないというのも(2018年2月1日にゴディバによる「日本、義理チョコをやめよう」という全面広告が日経新聞に登場した)、ゴディバのブランドアクションになっていると思います。あと、アメリカの衣料品メーカーパタゴニアが“Don't Buy This Jacket”(このジャケットを買わないで)という広告を展開したのも同様です。
これから先、社会がどうなるかなんて誰にもわかりません。だとすると、過去の実績を誇るよりも 未来に何をするのかを語る方がいいという、すごくシンプルな話なのです。未来に向かっていく企業やそれに対する期待がより多くのユーザーを集めると思います。
結果として、強いブランディングになっていくのです。
変わることを考えていない企業はない
「実体経済」から「期待経済」の時代へ、こうした価値の変動に合わせて、広告業界も変わるべき時は、もうとっくに来ています。僕らクリエイターがやるべきことは、ブランドの広告を作って、その瞬間の売り上げを上げることではありません。
その企業と一緒にブランドアクションを提案して、企業の長期的な価値を上げていくことが求められていると思います。
例えば日産自動車が、車会社から自動運転の会社になろうと模索しています。このように変わることを考えていない企業はいないと思います。
ですが、少なくない企業が「役員は安泰だから」とか「そうは言っても、テクノロジーがわからない」と言って変わることを止めている。これは議論も挑戦もせず、変わらないという意思決定をしているということなんです。変化の時代、これ以上のリスクはない。
社会からの期待を生み出していくために「新しいチャレンジを一緒にやっていこうよ」と提案し、クライアントもクリエイターも関係なく、一つのチームで新しい価値を作る挑戦をしていきたい。期待経済時代における様々な企業のチャレンジを応援することが、会社を立ち上げた理由です。
“モノを広げる”から“広がるモノを作る”へ、広告会社の未来
会社の立ち上げから1年半。大企業からスタートアップまでさまざまな企業とのプロジェクトを通じて感じたのは「やっぱりみんな変わりたいのだな」ということです。立ち上げ当初はスタートアップからの相談が多いと思っていたのですが、実は大企業から新規事業を立ち上げるので一緒にやりたいというご相談がすごく多いんです。
企業には「変わりたい」というニーズがあると分かったときに、それならきっと、僕らクリエーターがお手伝いできることは広がっていくだろうなと思いましたね。
例えば、お菓子会社から依頼があったとする。甘みを抑えたチョコレートの新商品を作ったので、これがたくさん売れるような広告を作って欲しいと。広告クリエイターは、有名なタレントを使ったCMを提案するかもしれない。あるいは、SNSで話題になるようなイベントを仕掛けてもいい。だけど、そうやって出来上がった商品を後からお金をかけて広告するよりも、いい方法があるかもしれない。
例えば、そもそもそのチョコレートのパッケージをインスタにあげたくなるようなデザインにする。あるいは、チョコレートをコンビニで売るのではなく、定期的に届くサブスクリプションサービスにしてもいい。クリエイターがいちばん活躍できるのは、実は広告を作る前の段階なんじゃないかなって思っています。
“広がるモノを作る”事業クリエイティブ
だから、弊社では、IoTを活用したBtoBサービスの企業のテクノロジーを使って、BtoCサービスを提案、プロモーションまで一緒に考えたり、あるいはその逆、一般ユーザー向けのプロダクトを、オフィスワークに導入して新規事業にするなどのサポートも手がけています。これを僕らは「事業クリエイティブ」と呼んでいます。
かつてモノを“広げる”ことが、クリエイターの仕事でした。しかし、これからは“広がるモノを作る”ということに変わっていく、いや変わっていかないといけないと思います。その先には、良いサービスや強い組織を作るという仕事もあって、僕らクリエイターが貢献できると確信しています。
例えば、東京ディズニーランドでは、スタッフのことをキャストと言いますよね。そういう言葉で自分たちを定義することによって、ものすごく高い報酬というわけでなくても、あれだけのロイヤリティの高い前向きな労働を確保している。
「私たちはあなた方をスタッフではなくキャストと捉えています」という呼びかけが、従業員に対して大きな価値を生んでいる。それは同時に、顧客への価値につながっている。そして、その価値の変換に広告費は一切かかっていない。まさに僕らはそういうことを提案していきたいと思っています。
期待経済という言葉で表現していますが、実は現代は、わりとシンプルな時代だと思っています。
次の経営戦略をどうするのかというよりも、この企業は恒常的に社会を良くするチャレンジをし続けるだろうなという確信を社会が持ったときに、企業価値は上っていく。
そこのお手伝いを、僕たちはしていきたいのです。
ゾゾタウンほんとにすごい